
「インスタのインサイト、毎日見てるけど、結局『いいね』と『リーチ』の数に一喜一憂しているだけかもしれない…」 企業のSNS担当者として、あるいはマーケターとして、こうした漠然とした不安を感じたことはありませんか? 私もコンサルタントとして多くのクライアントのWeb戦略に携わる中で、Instagramの「分析」が大きな転換点を迎えているのを肌で感じています。
現在の「いいね」「保存数」「フォロワー数」といった指標が、近い将来、まるで工業化時代以前の「職人の勘」のように、古めかしいものになるかもしれません。なぜなら、分析の主戦場が「2Dの画面」から「3Dの空間(メタバース)」へ、分析の主体が「人間」から「AI」へ、分析の対象が「静止画」から「動画と体験」へと、根本からシフトしようとしているからです。これから、今起きている変化の兆候と、その先にある「次世代のインスタ分析」がどのような世界になるのか、私の考察と具体的な予測を交えて徹底的に解説していきます。
目次
未来を語る前に、まずは「現在地」を正確に把握しておく必要があります。現在のInstagram分析の主流は、Meta社が提供する「インサイト機能」を中心とした、定量的(数値的)な分析です。私たちが「分析」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、おそらく以下のような指標でしょう。
私がクライアントに月次レポートを提出する際も、これらの「基本指標」の増減と、その「理由の考察」が中心となります。しかし、これらの指標には共通した「限界」があります。それは、「投稿(コンテンツ)に対する『結果』」しか分からないということです。
「なぜ、その投稿が保存されたのか?」「なぜ、リールの途中で離脱したのか?」――その「なぜ」の核心部分、つまりユーザーの「行動の動機」や「コンテンツのどの要素が効いたのか」を深く知ることは、現状のツールでは困難なのです。この「結果」だけを見る分析が、いかに表層的であるかを、まずは認識する必要があります。
| 現在の主要指標 | 計測できること (結果) | 計測が困難なこと (動機・文脈) |
|---|---|---|
| 保存数 | 投稿が「保存」された回数。 | 「後で買うため」「上司への報告用」「単なるメモ」など、保存の「目的」は何か。 |
| リーチ数 | 投稿が画面に表示された人数。 | 表示されたが、本当に「認識」されたのか。0.5秒でスワイプされていないか。 |
| いいね数 | 投稿が「いいね」された回数。 | 「共感」「応援」「義理」など、「いいね」に込められた「感情」の強弱。 |
現在の分析手法の「限界」を打ち破る最初の波が、「動画(リール)分析」の領域で起きています。InstagramがTikTokに対抗するため、リール(ショート動画)をプラットフォームの核に据えて以来、分析の次元が一つ深まりました。
従来の「静止画」の分析は、言わば「点」の分析でした。ユーザーがその投稿を見たか、反応したか、の二択です。
しかし、「動画」は「時間軸」という概念を持ち込みました。これにより、私たちは「線」の分析、すなわちユーザーの「視聴体験」そのものをデータとして捉えられるようになったのです。
現在でも、インサイトでは「平均再生時間」や「視聴完了率」といった基本的なデータは見られます。しかし、これからの「高度化」とは、そのレベルに留まりません。「どの『瞬間』に、ユーザーの心が動いたか」をフレーム単位で分析する時代が来ます。
私がWebコンテンツの分析(例えばヒートマップ分析)で体験してきたように、動画においても「どこが注目され、どこが読み飛ばされたか」が可視化されるのです。
この分析が一般化すれば、「なんとなくバズった」は無くなります。「冒頭2秒で『問いかけ』のテロップを出し、5秒後に商品の『シズル感』を見せ、BGMのサビと同時に『限定』という文字を出したから、視聴完了率と保存数が最大化した」という、極めてロジカルな分析が可能になるのです。
| 分析の次元 | 現在の主流 (静止画・簡易動画分析) | 未来の高度化 (動画分析) |
|---|---|---|
| 基本指標 | いいね数、保存数、再生回数 | 視聴完了率、平均視聴時間、再視聴率 |
| 分析の粒度 | 投稿(コンテンツ)単位 | フレーム(秒)単位、コンテンツ要素単位 |
| 得られる知見 | 「どの投稿が」良かったか (What) | 「投稿のどの部分が、なぜ」良かったか (Why/How) |

動画分析が高度化し、「どうすれば勝てるか」のパターン(勝ち筋)がデータとして蓄積されると、次に起こるのは何か? それは、「分析」と「実行」の境界線が溶け合うこと、すなわち「AIによる自動最適化」です。
私たちマーケターが、高度化された分析データを見て、「ふむふむ、次はこういう動画を作ろう」と人間が判断し、実行する…。このプロセス自体が、AIにとっては「遅すぎる」ものになります。
これからのAIは、分析官であると同時に、優秀な「クリエイティブディレクター」兼「運用担当者」の役割を担い始めます。
私がSEOの現場で「どのタイトルがクリックされるか」を必死でテストしているように、Instagram運用者は「どの動画フックがスワイプを止めるか」をテストしています。この「仮説立案→実行→検証」という人間のクリエイティブなサイクルを、AIが数分、いや数秒の単位で完結させてしまう未来が目前に来ています。
これまでの話は、AIがいかに「コンテンツ」を最適化するか、という話でした。しかし、Instagramのもう一つの本質、それは「人とのつながり(コミュニティ)」です。この目に見えない「関係性」の分析こそ、次世代のインスタ分析の核となります。
私たちは「フォロワー数」という数字に囚われがちです。しかし、100万人の「一見さん」フォロワーより、1000人の「熱狂的なファン(コミュニティ)」の方が、ビジネスに与えるインパクトは遥かに大きい。これは、私が長年クライアントに言い続けてきたことです。
これからの分析は、「数」から「質」へ、つまり「コミュニティの健全度(ヘルススコア)」を測る方向へとシフトします。
| 分析対象 | 現在の主流 (数の分析) | 未来の主流 (コミュニティ分析) |
|---|---|---|
| フォロワー | フォロワー数、デモグラフィック | コアファンの特定、ファン同士の関係性 |
| コメント | コメント数 | センチメント分析 (感情の質) |
| UGC | (ほぼ計測不能) | UGCの発生数、UGC経由のリーチ |
関連文献:インスタ分析でフォロワーを増やす戦略とは
さあ、ここから分析の舞台は、私たちが慣れ親しんだ「フィード」や「リール」という2Dの画面から、より「体験的」な領域へと移っていきます。
Instagramが近年、積極的に投資しているのが「AR(拡張現実)フィルター」です。これは、単なる「盛れる」カメラ機能ではありません。ブランドの世界観をユーザーに「体験」させる、極めて強力なマーケティングツールです。
そして、これからの分析対象は、この「体験」そのものになります。
ARやアバターの分析とは、もはや「投稿」の分析ではありません。それは、ユーザーの「アイデンティティ(自己表現)」と「願望」の分析なのです。

ARが「現実世界」と「デジタル」を融合させるものだとしたら、その究極の形が「メタバース」です。Meta社が社名を変更してまで注力するこの仮想空間は、Instagramの「次」の姿として想定されています。
もし、Instagramの分析がメタバース空間にまで拡張されたら、私たちが追うべき「エンゲージメント」の定義は、根本から変わります。「いいね」や「コメント」といった、指先だけのエンゲージメントは、そこにはありません。そこにあるのは、より「身体的」で「空間的」なエンゲージメントです。
想像してみてください。あなたのブランドがメタバースに「バーチャルストア」を出店したとします。その時、分析ツールが計測するデータはこうなります。
| メタバース分析指標 | 計測内容 | ビジネス的価値 (インサイト) |
|---|---|---|
| 滞在時間 (Dwell Time) | ユーザー(アバター)がストア内に何分滞在したか。 | 空間の「居心地の良さ」「魅力度」の指標。 |
| ヒートマップ / 動線分析 | ストア内の「どこ」に人が集まり、「どの商品」が最も注目されたか。 | 現実の店舗レイアウトやVMD(商品陳列)の改善に直結する。 |
| オブジェクト操作 | バーチャルな商品を「手に取った」回数、「試着」した回数。 | どの商品デザインがユーザーの興味を引いているかのA/Bテスト。 |
| ソーシャルグラフ分析 | ストア内で「誰と」「何分」会話(ボイスチャット)したか。 | ブランドが「コミュニティのハブ」として機能しているかの指標。 |
これはもはやSNS分析ではなく、「デジタル空間における建築・都市計画」と「行動心理学」の領域です。私たちが今「インサイト」と呼んでいるものとは、まったく別次元のデータが手に入ることになります。
これらすべての分析(動画、AI、コミュニティ、AR、メタバース)は、最終的にどこへ行き着くのでしょうか? ビジネスである以上、それは「購買行動(コンバージョン=CV)」です。
現在のインスタ分析の弱点の一つは、CV計測の「分断」です。
「インスタで投稿を見て、その時は買わなかった。数日後、Googleで検索して、自社サイトから購入した」
この場合、現状の分析では「Google検索からのCV」としか計測されず、インスタの「貢献」は無かったことにされてしまいます。私自身、この「アトリビューション(貢献度)」の問題には、SEOの立場からも、SNSの立場からも、長年頭を悩ませてきました。しかし、未来の分析は、この「分断」を乗り越えます。なぜなら、Metaはユーザーに「Metaのプラットフォーム(Instagramやメタバース)から、一歩も外に出させない」エコシステムを構築しようとしているからです。
「インスタグラムショップ」で商品発見から決済までが完結し、ARで試着し、メタバースで体験し、そのままデジタルなアバター用アイテムと現実の商品を「同時購入」する…。
こうなると、CV分析は以下のように進化します。
| CV分析の比較 | 現在 (分断された分析) | 未来 (統合された分析) |
|---|---|---|
| アトリビューション | 「最後にクリックした場所」(例: Google検索) しか評価されにくい。インスタの貢献が見えづらい。 | Metaプラットフォーム内の全接触履歴 (リール視聴→AR試着→メタバース訪問→購入) が1本のデータとして繋がる。 |
| 計測地点 | 「外部リンクのクリック数」が中間指標。 | 「AR試着回数」「メタバース滞在時間」など、購買直前の「体験」が中間指標となる。 |
| 分析のゴール | いかに安く「送客」するか。 | いかに豊かな「体験」を提供し、LTV (顧客生涯価値) を高めるか。 |
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ここまで読んで、未来の分析にワクワクする一方、「自分はそんな分析、使いこなせるだろうか…」と不安になった方もいるかもしれません。確かに、私たち「インスタ分析マーケター」に求められるスキルセットは、劇的に変化していきます。
もはや「インサイトの数字を読む」だけでは、仕事になりません。これからのマーケターは、「データサイエンティスト」であり、「文化人類学者」であり、「バーチャル建築家」でもある必要があるのです。
私が思うに、最も重要になるのは2の「人間理解力」です。AIがデータ処理を自動化すればするほど、人間に残されるのは「そのデータが何を意味するのか」という、本質的な「解釈」の部分だからです。

これまでの未来予測は、すべて「データが取得できるならば」という前提に立っています。しかし、ご存知の通り、世界は「プライバシー保護」の方向へ大きく舵を切っています。
AppleのATT(App Tracking Transparency)により、アプリを横断したユーザー追跡は困難になりました。GDPR(EU一般データ保護規則)をはじめ、各国で個人データの扱いは厳格化しています。
「メタバース空間での動線」や「AR利用時の表情」など、これまでにないほどパーソナルなデータを取得しようとするMetaの動きは、このプライバシー保護の潮流と真っ向から対立する可能性があります。
このジレンマの「解」として、私は2つの方向性を予測しています。
私たちマーケターは、常にこの「分析の可能性」と「プライバシーの倫理」の狭間で、バランスを取り続ける宿命にあるのです。
メタバース、AI、動画…。新しいテクノロジーが、インスタ分析を劇的に変えようとしています。
この記事で伝えたかったこと。それは、私たちが追いかけるべき指標が、「結果(Result)」から「体験(Experience)」へ、そして「個(Individual)」から「共同体(Community)」へと、根本的に変わっていくという事実です。
もはや、「いいね」の数を最大化するゲームではありません。リールの再生時間を1秒でも伸ばすテクニック、コミュニティの「熱量」を高める対話、ARやメタバースでしか得られない「忘れられないブランド体験」。これらすべてが、未来の「分析対象」となります。
テクノロジーが進化すればするほど、分析は高度化・自動化されます。しかし、そのデータが「冷たい数字」の羅列に見えるか、「画面の向こうにいる『人間』のリアルな息遣い」として感じられるか。その「解釈力」こそが、これからのインスタ運用で勝ち残るための唯一のスキルだと、私は確信しています。
この未来に向けて、私たちが「今日から」実践できる、ハードルの低い具体的な行動を2つ提案します。
未来の分析は、もう始まっています。今見ている「インサイト」の数字の「次」にある、ユーザーの「体験」に思いを馳せることが、そのスタートラインです。
「分析」の未来は、「体験」の追求と「人間」の理解へ
本コラムでは、現在のインスタ分析が直面する「結果(いいね、保存数)」の限界から、AI、動画、AR、メタバースが切り開く「次世代の分析」までを考察してきました。
フレーム単位の動画分析、コメントの感情を読み解くAI、ARでの「笑顔」の測定、メタバースでの「動線」把握――。これらの未来予測は、私たちマーケターにとって「分析がより複雑になる」という脅威でしょうか? 私は、そうは思いません。むしろ、これは「私たちが本来向き合うべき仕事に集中できる好機」だと捉えています。
なぜなら、AIが「どの動画が離脱率を下げたか」という膨大な「結果(What)」の分析・最適化を自動化してくれればくれるほど、私たち人間に残される役割は、より明確になるからです。
それは、「なぜ(Why)」を深く洞察することです。
これらは、AIが提示する相関関係(データ)だけでは答えが出ない、人間の「感情」「文化的背景」「潜在的な願望」の領域です。
これからのインスタ運用とは、AIという「超優秀な分析官」を使いこなしながら、私たちは「文化人類学者」のようにコミュニティの熱量を観察し、「体験デザイナー」としてARやメタバース空間での忘れられない「体験」を設計する仕事へと進化していきます。
私たちが本当に分析すべきは、インサイト画面の「数字」ではありません。その数字を生み出した、画面の向こう側にいる「人間のリアルな心」です。「いいね」の数ではなく「愛着」の深さを、「フォロワー数」ではなく「コミュニティ」の絆を、どう測り、どう育むか。
テクノロジーが進化すればするほど、逆説的に「人間理解」の価値が高まる。この本質を見失わないことこそが、未来のインスタ分析を制する鍵だと、私は確信しています。
参考ページ:競合を凌駕するためのインスタ分析実践術
執筆者
小濵 季史
株式会社カプセル 代表
デザイン歴30年以上。全国誌のデザインからキャリアをスタートし、これまでに1,000件以上の企業・サービスのブランディングを手掛けてきました。長年の経験に裏打ちされたデザイン力を強みに、感性と数字をバランスよく取り入れたマーケティング設計を得意としています。
また、自らも20年以上にわたり経営を続けてきた経験から、経営者の視点に立った実践的なマーケティング支援を行っています。成果に直結する戦略構築に定評があり、多くの企業から信頼を寄せられています。
香川県出身で、無類のうどん好き。地域への愛着と人間味あふれる視点を大切にしながら、企業の成長を支えるパートナーであり続けます。